どうも皆さんこんにちわ、べえじゅです
今回は久しぶりにドミネーションズに登場する時代背景を見ていこうと思います
因みに産業時代について書いたのが去年の11月になるようで・・・
あれからゲーム内も色々ありましたね、そんな色々あった中のグローバル時代についてです!


ゲーム的には産業時代の次の時代になり第2次世界大戦を象徴する時代です
ユニットは基本的に産業時代のユニットが少し進歩した程度の成長ですが
飛行ユニットが戦闘機や爆撃機になり現代に大分近づきました

タウンセンターの見た目は中央に屋根みたいな建造物が追加されました
産業時代と比べると大きくは変わっていませんね
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グローバル時代は恐らくグローバリゼーションのことを指していると思われます
グローバリゼーションとは、社会的あるいは経済的な関連が、旧来の国家や地域などの境界を越えて、
地球規模に拡大して様々な変化を引き起こす現象である。グローバル化ともいう。


「グローバリゼーション」という言葉は、様々な社会的、文化的、経済的活動において用いられる。
使われる文脈によって、例えば世界の異なる地域での産業を構成する要素間の関係が
増えている事態(産業の地球規模化)など、
世界の異なる部分間の緊密な繋がり(世界の地球規模化)を意味する場合もある。

世界史的に見れば、何らかの現象の「グローバリゼーション」は、大航海時代に起源を発する。
大航海時代により、ヨーロッパ諸国が植民地を世界各地に作り始め、
これによりヨーロッパの政治体制や経済体制の「グローバリゼーション」が始まり、
物流の「グローバリゼーション」が起こった。これが本格化し始めた時期は19世紀で、
ナポレオン戦争による国民国家の形成や、産業革命による資本主義の勃興が、
近代の「グローバリゼーション」を引き起こした。

第二次世界大戦が終わると、アメリカ合衆国を筆頭に冷戦の西側諸国で多国籍企業が急成長し、
現代の「グローバリゼーション」が始まった


この時代は恐らくWW2(第二次世界大戦)の歴史になりそうなのでおおまかにWW2を見てみましょう

第二次世界大戦は、1939年から1945年までの6年間、ドイツ、日本、およびイタリアの
三国同盟を中心とする枢軸国陣営と、イギリス、ソビエト連邦、アメリカ、および中華民国などの
連合国陣営との間で戦われた全世界的規模の巨大戦争。

1939年9月のドイツ軍によるポーランド侵攻と続くソ連軍による侵攻、
そして英仏からドイツへの宣戦布告はいずれもヨーロッパを戦場とした。
その後1941年12月の日本と米英との開戦によって、
戦火は文字通り全世界に拡大し、人類史上最大の大戦争となった。

第一次世界大戦との比較では、ともに総力戦であったが相違もあった。
世界規模の戦場拡大は無線通信を用いた機動戦の結果である。
これは、一次大戦が塹壕戦とケーブル切断を主体に展開されたのと最も対照される。
無線は電信と違い傍受されたので、暗号解読により主要な戦果がもたらされた

戦争は完全な総力戦となり、主要参戦国では戦争遂行のため人的・物的資源の全面的動員、投入が行われた。
世界の61カ国が参戦し、総計で約1億1000万人が軍隊に動員され、
主要参戦国の戦費はアメリカの3410億ドルを筆頭に、ドイツ2720億ドル、ソ連1920億ドル、イギリス1200億ドル、イタリア940億ドル、日本 560億ドルなど、総額1兆ドルを超える膨大な額に達した。


戦闘機や戦車などの旧来型兵器の著しい発達に加えて長距離ロケットや原子爆弾などの
「核兵器」という大量殺戮兵器が登場し、戦場と銃後の区別が取り払われた。

史上最初の原子爆弾の投下を含む都市への爆撃、占領下の各地で実施された強制労働により、
民間人および捕虜の多くが命を失った

戦争中から連合国では、国際連合などによる戦後秩序作りが協議されていた。
しかし戦場となったヨーロッパ、日本の国力が著しく低下したこともあり、
戦争の帰趨に決定的な影響を与えたソビエト連邦とアメリカ合衆国の影響力は突出し、
極めて大きなものとなった。
こうして両国は世界を指導する超大国となったが、やがて対立するようになり、
長い冷戦時代の構図をもたらした。
アジアやアフリカの旧植民地では独立運動の動きが高まり、多くの国が独立することになり、
英仏など欧州列国の地位は著しく低下したが、多くの国は冷戦構造の影響を受けずにはいられなかった。
こうした中で、相対的な地位の低下を迎えた西ヨーロッパでは大戦での対立を乗り越え欧州統合の機運が高まった。


WW2で新たに開発された兵器や戦術を紹介します

第一次世界大戦は工業力と人口が国力を、
第二次世界大戦はこれに科学技術の差が明確に加わることとなった。
戦争遂行のために資金・科学力が投入され、多くのものが長足の進歩を遂げた。

-兵器-
電子兵器(レーダー、近接信管)やミサイル、ジェット機、四輪駆動車、核兵器などの技術が新たに登場した。
電子兵器と4輪駆動車を除く3つ(ミサイル、ジェット機、核兵器)は大戦の後期に登場したこともあって戦局に大きな影響を与えることはなかったが、
レーダーは大戦初期のバトル・オブ・ブリテンあたりから本格的に登場し、その優劣が戦局を大きく左右した。

また、アメリカやドイツ、日本などがこぞって開発を行った核兵器(原子爆弾)の完成とその利用は、
日本の降伏を早めるなど大きな影響を与え、その影響は冷戦時代を通じ現代にも大きなものとなっている。
なお、大戦中期に暗号解読と弾道計算のためにコンピュータが生み出された

第一次世界大戦時に本格的な実用化が進んだ航空機は、大戦直前に実用化された近代的な全金属製戦闘機だけでなく、大型爆撃機、高速戦略偵察機、ジェット機やロケット機など、さまざまな形で戦場に導入された。
これらの航空機において導入されたさまざま技術は、戦後も軍用だけでなく民間でもさかんに使用されることになった。
これは発動機に関しても同様であり、
レシプロで千馬力程度の出力だった発動機が過給機を含めたありとあらゆる技術がつぎ込まれレシプロの限界の解明とともに技術革新の上にジェットエンジンの実用化までわずか数年でたどり着いてしまったのである。
レシプロエンジンにおける出力向上のための技術はやがて、
自動車の発動機の改良にさまざまな形で役立てられていった。

-戦術-
戦車やそれを補佐する急降下爆撃機を中心にした電撃戦(ドイツ)、
航空母艦やその艦載機による機動部隊を中心とした海戦(日本)、
4発エンジンを持った大型爆撃機による都市部への空襲(アメリカ、イギリス)や、
V1やV2などの飛行爆弾・弾道ミサイルによる攻撃(ドイツ)、
戦闘機を敵艦に突進させるなどとした自殺攻撃である特別攻撃隊(日本)、
核兵器の使用(アメリカ)などは、第二次世界大戦中だけでなくその後の戦争戦術にも大きな影響を与えた。


戦時中の日本はどのような状態だったのでしょうか?

-日用品・食料-
日中戦争の開戦後に施行された国家総動員法以降、軍需品の生産は飛躍的に増加し、
これを補うために自家用車や贅沢品などの生産や輸入が抑えられ、
「国民精神総動員」政策の元に「ぜいたくは敵だ」との標語が多くみられた。
さらに1938年よりガソリンの消費を抑える目的で導入された木炭自動車が増え、
1940年には、外貨の流出を防ぐため個人利用目的の欧米からの自動車の輸入が禁止された。
また、電気を浪費するためパーマネントも禁止となった。

-空襲-
日中戦争時代より国民の意識を高めるために防空訓練が行われ、
1942年にアメリカ海軍の艦載機の空襲が行われた後は盛んに行われたが、
この空襲が小規模なものにすぎず、これに続く空襲もなかったためにこれを真剣に行う国民は少なかった。
しかし本土に対する連合国軍機の空襲は1944年6月の九州北部からはじまり、
さらに同年11月からは東京、名古屋、大阪方面も空爆にさらされた。
1945年に入ると、沿岸地域ではアメリカ軍艦による艦砲射撃やイギリス海軍の艦載機による機銃掃射なども加えられるなど、戦争の災禍があらゆる国民に及ぶようになった。
空襲による発電所の破壊などで停電が増えたほか、爆撃や機銃掃射などにより鉄道の遅延も相次いだ。
さらに、沖縄ではアメリカ軍とイギリス軍の上陸による地上戦が、南樺太や北方領土の島々ではソ連軍の侵攻による地上戦が行われ、一般市民が最前線に立つことを余儀なくされた。

-教育-
小学生は「少国民」と呼ばれ、小学校でも基礎的な軍事訓練を受けるほか、
欧米諸国同様に戦争や軍隊への親近感を抱かせるような教育が行われた。
1941年の国民学校令に基づいて国民学校が設立された。
対英米戦の開戦以降も国民学校による基礎教育、中等教育は変わらず行われたものの、
本土に対する連合国軍機の空襲を受け、1944年8月4日には学童疎開が開始された。
対英米戦の開戦以降も大学や高等専門学校などの高等教育も変わらず行われていたが、
対英米戦の戦局が悪化した1943年11月には、兵士の数を確保するために大学生や理工系を除く高等専門学校の生徒などに対する徴兵猶予が廃止され、学徒出陣が実施された。
また熟練工が戦場に動員された代わりに学生や女性が工場に動員された(学徒動員)

-娯楽・スポーツ-
1940年に開催される予定であった東京オリンピックは、日中戦争の激化により開催権返上を余儀なくされた。
高校野球は英米戦の開戦後の1942年から開催が中止されたものの、
プロ野球はその後も継続して開催され、日本の敗色が濃くなりつつあった1944年夏まで開催された。
日中戦争当時より娯楽映画作品は変わらず製作されていたものの、
この頃より欧米諸国同様にプロパガンダ映画が多数制作されるようになった。
対英米戦開戦後には映画配給社により映画の配給が統合されたものの、
その後も多くの娯楽作品が制作され、終戦の年に至るまで映画の製作と配給は継続された。
日中戦争以降は欧米諸国同様に子供の遊びにまでも戦争の影響があらわれ、戦意発揚の意図のもと戦争を題材にした紙芝居や漫画、玩具などが出回り、空き地では戦争ごっこが定番になった。


以上、グローバル時代の時代背景でした
やっぱり世界最大規模の戦争なので情報量が半端ないです
ここに載せたのはほんの一部の情報なのでもっと知りたい人はぐぐってみてください

しかし人類って戦争と共に進歩してきたんだなって思います
戦争のない世界はいつか来るのでしょうか?
日本に限ったら本当に平和な国なんだなっと思いますね

ではまた!ヾ(´ω`=´ω`)ノ

参照1」、「参照2