こんばんわんこ
ついにこの歴史解説シリーズも産業時代までやってきました
今回もググッて出てきたサイトをコピペしたり自分なりの文章にします

-産業時代-
ゲーム的には現在の時点だと最後の時代
人々は馬から自動車に乗るようになり空を飛べるようになります
また騎馬兵が戦車になります

タウンセンターも完全に現代チックなビルになりましたね
最初はあのボロボロな家から始まったので
ここまで来た人は何か思うものがあるのではないでしょうか?
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-その頃の世界史-
火薬時代と同様、産業時代というくくりは無いようです
時代的には啓蒙時代までの「近世」の次になる「近代」あたりでしょうか

時代区分としての近代を象徴する要素は、
ヴェストファーレン条約に始まる主権国家体制の成立、市民革命による市民社会の成立、
産業革命による資本主義の成立、ナポレオン戦争による国民国家の形成など、
18世紀後期以降のヨーロッパで成立し、現代世界を特徴付けている社会のあり方である

また、「近代」という語は、「現在の政体や国際社会の時代(現代)の一つ前の時代」という意味を伴う。
この為、アジア史では、第二次世界大戦終結(1945年)を境にして「近代」と「現代」に分けられている。
一方、ヨーロッパ史では、第一次世界大戦終結(1918年)を境にして「近代」と「現代」に分けられていた。
しかし、近年では東欧革命(1989年)を境にして「近代」と「現代」を分ける見方も増えている




近代の代表的な要素を全部書いたら凄く長くなりそうなのでピックアップします
それでは産業革命を見てみましょう

産業革命は、18世紀半ばから19世紀にかけて起こった工場制機械工業の導入による産業の変革と、
それに伴う社会構造の変革のことである
経済史において、それまで安定していた一人あたりGDPが産業革命以降増加を始めたことから、
経済成長は資本主義経済の中で始まったとも言え、
産業革命は市民革命とともに近代の幕開けを告げる出来事であったとされる

もともとは1760年代から1830年代にかけてイギリスで起こった「最初の」産業革命を指した言葉だが、
いわゆる発展段階論において市民革命と並んで、近代とそれ以前を分かつ分水嶺とされたため、
イギリスを皮切りにベルギー、フランス、アメリカ、ドイツ、ロシア、日本といった風に順次各国でも産業革命が起こったとされた
イギリスで産業革命が始まった要因として、原料供給地および市場としての植民地の存在、
清教徒革命・名誉革命による社会・経済的な環境整備、蓄積された資本ないし資金調達が容易な環境、
および農業革命によってもたらされた労働力、などが挙げられる

1733年ジョン・ケイが、織機の一部分である杼を改良した飛び杼を発明して織機が高速化された。
これは行程の一つの改善でしかなかったが、これにより綿布生産の速度が向上したために、
旧来の糸車を使った紡績では綿糸生産能力が需要に追いつかなくなった
そのため、旺盛な需要に応じるために1764年ハーグリーブスがジェニー紡績機を発明した

1771年リチャード・アークライトが水力紡績機を開発した。
これは綿をローラーで引き延ばしてから撚りをかける機械で、ジェニー紡績機のように小形のものではなく、
人間の力では動かない大形の機械であったので、水力を利用したものである
個人の住宅では使用できないため工場を設け、
機械を据え付けて数百人の労働者を働かせて多量の綿糸を造り出すことに成功した

そしてこれらの特徴を併せ持ったサミュエル・クロンプトンのミュール紡績機が1779年に誕生し、綿糸供給が改良される
すなわち、ジェニー紡績機の糸は細いが切れやすく、水力紡績機の糸は丈夫だが太かったため、
細くて丈夫な糸をつくろうとしてうまれたのがミュール紡績機であった

これらを受けてエドモンド・カートライトが蒸気機関を動力とした力織機を1785年に発明し、さらに生産速度は上がった
これらのように、問題点の改良が各地で行われた結果として、生産性が加速度的に向上することとなった。
問題点の解決が、生産余剰を生み出すと、次のプロセスが生産効率を揚げるという、
相乗効果の中で、最終的な生産物が過去とは比較できない比率で生産出来るようになった




その頃、日本は江戸時代が終わり明治時代へなります
-明治時代-
明治年間(1868年 - 1912年)は明治時代と呼ばれる
倒幕派の諸藩を中心とする維新政府は戊辰戦争を経て旧幕府勢力を退けると、
明治新政府を樹立した。新政府は天皇大権のもと欧米の諸制度を積極的に導入すると、
廃藩置県、身分解放、法制整備、国家インフラの整備など明治維新と呼ばれる一連の改革を遂行した
不平等条約の改正をするため、帝国議会の設置や大日本帝国憲法の制定など国制整備に努める一方で、
産業育成(殖産興業)と軍事力強化(富国強兵)を国策として推進した
文化面では、欧米から新たな学問・芸術・文物が伝来すると、
その有様は文明開化と呼ばれ、江戸時代以前とは大きく異なった文化が展開した。
言文一致や変体仮名の整理、標準語の普及が進められ、近代的な日本語が成立した

-大正時代-
大正年間(1912年 - 1926年)は大正時代と呼ばれる。
護憲運動を経て大衆の政治参加が進み、政党政治が確立した時期である(大正デモクラシー)。
1925年(大正14年)には男子普通選挙が実現した
大隈重信政権は1914年(大正3年)の第一次世界大戦には直接国益に関与しないにも関わらず日英同盟を根拠に参戦
同じ連合国である中華民国の袁世凱政権に対華21カ条要求を突きつけ、帝国主義的野望を露骨に示した
日本は大戦特需により工業生産が激増し、未曾有の好景気となる(大戦景気)

-昭和時代-
昭和年間(1926年 - 1989年)は昭和時代と呼ばれる
大正期から続いた不景気に世界恐慌が直撃し、社会不安が増大した。
金解禁に失敗した政党政治に代わって軍部が力を持ち、関東軍は独断で満州を占領して満州国を樹立し、
これがアメリカやイギリスの反発を招いて国際連盟を脱退した
その後、第二次上海事変等により中華民国との戦争状態(日中戦争・支那事変)に発展した。
日本は枢軸国の一員としてナチス・ドイツ、イタリア王国と三国同盟を結び、
真珠湾攻撃でアメリカ合衆国と開戦して第二次世界大戦(太平洋戦争・大東亜戦争)に突入した
開戦当初は優勢だった日本軍はアメリカ軍の生産力と通商破壊に圧倒され、各地で敗北を重ねた。
戦争末期には主要都市を軒並み戦略爆撃で焼け野原にされ、広島と長崎には原子爆弾を投下されて敗れた




-不思議解説-
自由の女神像
自由の女神像はローマ神話の自由の女神リベルタスをかたどった立像
アメリカ合衆国ニューヨーク州にあるものが最も有名であるが、
パリや像の作者フレデリク・バルトルディの故郷コルマールをはじめ、
ポワチエやサン=テティエンヌ、アングレーム、ボルドーなどを含めフランス各地に点在している

エッフェル塔
エッフェル塔は、フランスの首都パリの象徴的な名所となっている塔である
現在では、パリを代表するシンボルとなっている。
1991年、この塔を含むパリのセーヌ川周辺は世界遺産として登録された
1889年の完成から2006年までに、2億人以上の観光客がエッフェル塔を訪れた

ブランデンブルク城門
ブランデンブルク門はドイツ・ベルリンのシンボルとされている門である
ブランデンブルク門はフリードリヒ・ヴィルヘルム2世の命により
建築家カール・ゴットハルト・ラングハンスによって古代ギリシャ風で設計され、
1788年から3年間の建設工事を経て1791年8月6日に竣工している
門はアテネのアクロポリスの入り口にあったプロピュライアの門を模した物で、
当時ドーリア式円柱だけが残っていたプロピュライアの創建時の姿を想像してそのままベルリンに再現した
さらに門の上には、彫刻家ゴットフリート・シャードウが制作した四頭立ての馬車に乗った勝利の女神ヴィクトリアの像を乗せた

クレムリン
クレムリンは、ロシア連邦の首都、モスクワ市の中心を流れるモスクワ川沿いにある旧ロシア帝国の宮殿
ロシア語では「クレムリ」となり、「城塞」を意味する。
中世ロシアにおいて、多くの都市は中心部にクレムリンを備えていた




以上、ここまでが近代の歴史でした
もっと色々な出来事や詳しい文章があると思いますがこのブログではこのような形になりました
分からない事やここもっと詳しく知りたいって人は「近代」や「日本の歴史」でググると良いと思います!
無事、産業時代まで書けたので更新してる自分的には満足です
このシリーズから歴史に興味を持って更に調べてみたというような人が出来ると嬉しいですね

因みに今度は時代ではなく各国のユニークユニット解説記事でも書こうかなと思っております
結構更新してて楽しいシリーズだったのでまたこういう形で更新していこうかなと…
ではまた次の更新でお会いしましょう!
最後まで見てくれた方ありがとうございました!

他の時代
http://sironuko09.com/archives/1175512.html